35歳限界説な男の人生記録

35歳の時にうつ病と能力不足によって仕事を休職して、1年6ヶ月後に障害者雇用で復職をした男のブログ

2016年無職になってからの転職活動(その3)

2016年無職になってからの転職活動(その2) - 35歳限界説な男の人生記録

↑前回の人生記録記事にて私の身の丈に合ってないような求人を3社応募してみた話を書きました

今回の記事は応募後どうなったかを書いていきます

 

一番最初にハローワークの求人票から応募した金属加工製品の製造する東証一部上場企業、応募したときに面接日が決まっていたので行ってきました

ホンダの期間工してたときに見かけたような、出入口に小さな建物があり警備員兼受付の人がいらっしゃいました

入退場するのも管理されていて、東証一部上場企業ってすごいなと入る時から感じました

結構緊張していきながら会場に入ると

私含む4人居まして、見た目20代の若い人と見た目がナイツ塙に似てる仕事やれそうな30代の人とすごく負のオーラ漂う30代の人が居ました

採用人数は2人なので他の人見てもライバル強そうだなと思いました…


f:id:genkai35sai:20200718220036j:image

まず筆記試験がありました、2011~12年で就活してた企業では全部筆記試験が無い企業でしたので、その時に応募した企業とは質が違うのを思い知らされます

私は全くSPIテスト対策してないので全部は埋めれなかったです…

その後性格診断テストみたいなのも時間内に全部は埋めれなかったです…

 

面接部屋に通されると工場長含む3人が面接官の面接でした

私のアピールポイントが製造業を正社員で3年以上+ホンダ期間工2年弱したこと、自発的に危険物取扱者乙4と第一種衛生管理者を取得したことくらいしかできず…(自分を盛ってアピールするのが苦手なので…)

面接官から当社は独自の技術力が要る部分があり、金属加工業じゃない製造業にはない技術もあってそうゆう部分において勉強したりするので金属加工じゃない製造業にはないことに取り組むので大変ですよって指摘があり、その後の質問への返答がしどろもどろになりました…

面接が終わり、深々と一礼をして退出してから会社をあとにしました

 

あっ、これは落ちたわ…

 

結果を見なくても面接結果は不採用だろうなと思いながら家に帰りました…

 

 

次に応募した転職エージェントから紹介できるリスト10社の中で某5大商社の子会社な製造企業は応募してから数日後に返事のメールがあり、URLが書いてありまして

パソコンでログインして試験受けるタイプでした

これまたSPIテスト対策してない私ですので再度苦戦します、先日受けた東証一部上場企業は国語・数学・一般常識の3科目だったので半分以上は埋めれたんですが

某5大商社の子会社のテストには

 

英語あるやん…

 

私は英語が壊滅的にダメなんです

5択テストなので適当にクリックしました

英語以外にも科目ありましたが、それもわからない部分が多々あり、わからない部分は適当にクリックしました…

 

それでも何故か後日に面接となりまして面接に受けに行きました

会社はすごく白く綺麗な外観の建物なのが印象的で敷地面積もかなり大きかったです

外観がすごくて、この会社の出入口でも結構緊張しながら会社の建物に入りました

面接会場には私1人で他の応募者は見かけませんでした、他の応募者と日程が別なのか時間をずらしてるかはわからなかったですが

 

面接部屋に通されて、面接をしていきます

面接官は2人でした

私のアピールポイントは先日と同じく盛らないアピールしかしてないです…

この企業は3勤1休→3勤2休を交互に繰り返すシフトとか、製品や製造工程の説明を丁寧にされておりました

質問への返答も普通にしていっていたのですが

面接官「自動車を所有してないって理由はありますか?」

この質問が来て、自動車教習所ですごく嫌な思いしたし自動車運転に向いてない無能なんですとも言えずしどろもどろになって、そこからはしどろもどろな面接時間になってしまい面接を終えました…

深々と一礼をして退出し、会社をあとにして思ったこと

 

あっ、これは落ちたわ…

 

今回も同じことを思いながら家に帰りました…

 

次は転職サイトから見つけて応募した超大手コンタクトレンズ製造企業の話ですが…

 

応募して書類選考の時点で落ちました…

 

面接にすら行けませんでしたw

身の程知らずな応募してるので書類選考でお祈りもしょうがないなと思いましたし、面接受けた2社も面接結果を見なくても不採用だと思える内容だったので納得したし、今後の参考になるので応募してみて良かったです

 

鋳造工場を退職して離職票が届く前までの話をここまで書いてきました

 

その後のことについても、続きの人生記録記事を後日更新します